無敗の3冠ウマ娘という大目標があったトウカイテイオー。しかし結果として菊花賞に出ることができず、その夢は破れました。しかし彼女にはまだ高い目標があります。それは無敗のウマ娘。憧れのシンボリルドルフに近づくため、トウカイテイオーは復帰の日を待ちます。
そこに立ちはだかるのがチームメイト、メジロマックイーンでした。第3話は、そのメジロマックイーンを中心に物語が描かれます。
※アイキャッチ画像ならびに本文中の画像は、© 2021 アニメ「ウマ娘 プリティーダービー Season 2」製作委員会様公式HPより引用しています。
相手が強いからこそ!トウカイテイオー、マックイーンとの対決を宣言!
第3話のストーリーまとめ!
悔しい不戦敗から2ヶ月。年が明けて、トウカイテイオーはURA年度代表ウマ娘に選ばれる栄冠に輝きました。同時に、メジロマックイーンも年度代表シニア級ウマ娘に選ばれており、チームスピカから2人も選出されたのです。
そしてトウカイテイオーは、春の天皇賞を目指すという目標を口にします。無敗のウマ娘を続けるという大目標のあるトウカイテイオー。しかし春の天皇賞に出れば、チームメイトであるメジロマックイーンの、「春の天皇賞2連覇」という目標を阻んでしまう。
それでも、2人は戦うと言いました。強い相手に勝ってこそ勝利の価値がある――入学当初からお互いを意識しあってきた2人。来る日も来る日も遅くまで練習してきたライバル意識は、同じチームになっても健全な形で残っているのです。
春の天皇賞の前哨戦として、メジロマックイーンは阪神大賞典、トウカイテイオーは大阪杯を選択。先に阪神大賞典に出走したメジロマックイーンは、対戦相手たちの包囲網の中で苦しむかに見えましたが最後は突き放して勝利!春の天皇賞へ、トウカイテイオーより先に名乗りを上げました。
さあ、次はトウカイテイオー!復帰戦!
というところで第3話は終了します。
「これはびっくり!」競馬史に残る名フレーズたち
第3話の名ゼリフ・迷ゼリフ!
あの時は噴射しなかったの!(ツインターボ)
今回はメジロマックイーン回!の前に、このセリフをピックアップ。第2期でちょくちょく出てくる元気娘、ツインターボのセリフです。
競馬ファンならみんな大好きツインターボ。作中同様、史実でもスタートから飛び出して他馬を圧倒する「大逃げ」を得意としていました。
逃げと言えば本作的にはサイレンススズカですが、晩年のサイレンススズカと異なり、ツインターボの逃げは不安定で有名……元気よく逃げていたと思ったら4コーナーを回るより前にバテて大敗、という何かと目立つ一頭でした。
ファンはツインターボの逃げ失敗のことを「ターボ逆噴射」とネタにしているところから、このセリフが生まれたものと思われます。キャラ的にお笑い扱いなのも、史実とそっくり(笑)
ただ、たまにターボが全開に噴射した際の勢いもまた圧巻!特に福島競馬場の七夕賞は今でも語り草になっているレースの1つ。七夕賞、アニメで見たいですねー!
なんとびっくりマックイーン!(実況)
そのツインターボの回想で、彼女は見事「逆噴射」して大敗しますが、そのレースでメジロマックイーンは2着でした。
史実を振り返りましょう。1991年の有馬記念、その年に春の天皇賞も制していたメジロマックイーンは1番人気に推されました。しかし結果は、14番人気のダイユウサクがまさかの勝利!全くノーマークだった伏兵・ダイユウサクが圧倒的1番人気のメジロマックイーンに勝ってしまったのです。
このレースで実況者の堺正幸氏は、ゴール時に「これはびっくりダイユウサク!」という後世に残る名フレーズを口にしたのでした。このセリフはそのパロディですね。
レースを見てみましょう。ツインターボが序盤ハイペースで飛ばして、最後の最後で「これはびっくり」が出てきます。
競馬実況にはあっという間の出来事をいかに正確に、かつインパクト強く報じるかが求められます。その中で名実況者と言われる人たちは、様々な名フレーズを生み出してきました。
一瞬にして生まれ、何十年も語り継がれるフレーズの数々……競馬実況もまた、競馬を盛り上げるのに欠かせない存在なのは間違いありません。
それをアニメにも活かしている制作サイドの心意気、ナイスです!
奇遇、だね(トウカイテイオー)
入学当初から注目されていたトウカイテイオー。しかし同級生のメジロマックイーンも名門出身という毛並みの良さから注目されていたのです。
憧れの生徒会長であるシンボリルドルフからも一目置かれるメジロマックイーンのことを、トウカイテイオーはライバル視していました。そしていつも遅くまで熱心に練習するメジロマックイーンに張り合い、トウカイテイオーもまた練習を重ねます。
いつしか2人は、いつも夜遅い帰り道で顔を合わせることに。そんなある日、トウカイテイオーが口にしたのがこのセリフでした。
もちろん、本当の意味での奇遇ではありません。毎日のように遅くまで練習して、校門の前で会っているのですから。
ですが、メジロマックイーンを意識していると思われたくない、自分のほうが頑張っているというトウカイテイオーは、敢えて奇遇という言葉を使っているのです。そしてそれは、メジロマックイーンにとっても同じでした。
2人のよきライバル関係が垣間見える、印象的な一言でした。
メジロ、それは歴史となった名門の名――
80年代を席巻したオーナーブリーダー、メジロ牧場
今回はメジロマックイーンが主役!
ということでここではメジロマックイーンについての史実を振り返ってみましょう。
まず、「メジロ」について。第1期のときから彼女は「名門メジロ家の令嬢」と周囲に見られています。これは、メジロマックイーンの生まれ故郷、メジロ牧場が関係しています。
通常、牧場は馬の生産ないしは育成のみを行いますが、中にはその牧場自体が自ら馬主になるケースもあります。これをオーナーブリーダーと呼びますが、メジロ牧場は80年代から90年代の日本競馬会を席巻したオーナーブリーダーでした。
メジロラモーヌ、メジロライアン、メジロブライト、メジロドーベル……記憶にも記録にも残る名馬たちを生み出してきたメジロ牧場。
さらに、自ら生産した馬同士を掛け合わせていくスタイルもまた、血統を重視する競馬界の中にあって、当時は貴重な日本産の血統として高く評価されてきました。今触れたメジロブライトはメジロライアンの子で、メジロマックイーンもまた、父も母も同じメジロのメジロティターンとメジロオーラでした。
そしてメジロ牧場と言えば長距離です。競馬では3000m以上のレースを長距離と言いますが(2600mでも言う場合もあり)、メジロ牧場はその長距離レースに勝つことにこだわって競走馬を生産してきました。
第1話で少し触れたとおり、かつては長距離に強い=本物、とされていました。長距離レースで強かったメジロ牧場は花形オーナーブリーダーだったのです。
まだ消えてない!あのウマ娘の中でメジロは生きている!
しかし……90年代後半に社台ファームが輸入したサンデーサイレンスの子が日本競馬会を席巻すると、次第にメジロ牧場は存在感が薄くなっていきます。長距離=強い、という価値観が薄れてきたのもこの頃。
内部では様々な出来事があったようですが、結果としてメジロ牧場は2011年に解散。今はもう、メジロ○○という馬は走っておらず、血統表に残る歴史上の存在になってしまいました。
今からちょうど20年前、私は静内でメジロライアン、メジロブライトが種牡馬として並んで馬房にいるのを見ました。日本国産で続いたメジロの血統、懐かしいです。実家に写真あるかな~。
と、懐かしんでみましたが、まだまだメジロの血統は生きています。その代表格は作中にも出てくるゴールドシップ!
ゴールドシップの母ポイントフラッグの父はメジロマックイーン、つまり史実だとメジロマックイーンの孫にあたるんですね~。ゴールドシップは現役の種牡馬。なんとか、メジロの名前を後世につないで欲しいと祈るばかりです。
と、史実の話が長くなってしまいました。文字数的に今日はここまで。
名門出身であるにもかかわらず努力を重ね、一流馬となったメジロマックイーンがトウカイテイオーとどのようなライバル対決をしていくか、注目です!
※なおメジロマックイーンの馬主は、メジロ牧場ではなくその関係者の経営するメジロ商事。競馬界では、牧場関係者が分派して別名義で馬主になるケースは多く、メジロ牧場とメジロ商事もその関係でした。
















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