「映像研には手を出すな!」 7話 感想 ~ “動作”の職人ツバメ!難航するアニメ制作でも魂は曲げない!

© 2020 大童澄瞳・小学館/「映像研」製作委員会

ロボ研依頼のアニメ制作は、外部も巻き込んだ大きなプロジェクトになっていきました。
とはいえ例によってこだわり連発で、スケジュールは予定通りに進んでいないよう……
そんな中でも、遊び心を忘れない彼女たちの姿をご覧あれ!

※アイキャッチ画像ならびに本文中の画像は、 © 2020 大童澄瞳・小学館/「映像研」製作委員会様公式HPより引用しています。

動作へのこだわり……ツバメの原体験

祖母のお茶を捨てる様子に幼いツバメが食いつく!

アバンはツバメの回想シーンから入ります。
まだ小さかったツバメ。祖母が湯呑に残ったお茶をクルクルと回しパシャっと庭に撒いて捨てたシーンに食いつき、祖母に何度もやってくれとせがみます。変な子ねぇ、と言いつつも、祖母は笑顔を浮かべてそれを何度も見せます。その際のお茶の動きに、ツバメは目を奪われたのでした

シーン変わって、子役モデルの養成所。ツバメはそこで先生から「じっくり立つ動きと、スッと立つ動き」の違いを教わります。彼女はその動きをスケッチブックに描きます。じっくり立つ動きは頭をぐっと前に出す、スッと立つ動きはそれがないことを発見したツバメ。そこからスタートし、幼いツバメは人の動きに伴い発生する、細かな部位の動きを絵にしていきます

そしてそうして描いたシーンが、アニメの人物の動きと一致することに気づいたツバメ。動きを細分化し分析、それを描いていくことをどんどんと得意分野にしていきます。
そしてそれは、少し成長した後に、足腰が弱った祖母を歩かせる、ということにも役に立つのでした。

レベルが低いアフレコと高すぎる美術部……外部委託は大変だ

文化祭の準備が進む映像研。
第6話で出てきた音響部の百目鬼と音響の打ち合わせを実施します。
しかしこの段階ではまだ絵コンテしかない。もう少し具体的な映像がないとイメージが……という百目鬼。ツバメは苦笑いです。

キャストの話も出てきます。出演はなんとロボ研の面々。「クライアントの要望」というさやかの一言、現実でも出てきそう……?
ロボ研は(特に部長が)思い入れがありすぎてSEまで口にするざま。NGを出し、もうちょっと練習してもらわないと……というレベルでした。

ロボ研のアフレコは熱意が空回りして……みどりと百目鬼、この表情です。
© 2020 大童澄瞳・小学館/「映像研」製作委員会

そのロボ研はOP曲を作曲すると言っていましたが、これも全然進んでいなくてボツに。残念ですが、スケジュール的にはそれが妥当なところか。さやかとしてはアリな変更です。
一方、ツバメが知り合いに頼ると言っていた音楽も、作画に夢中になりすぎて忘れていたようで……オリジナルを諦め、百目鬼にフリー素材をチョイスするように指示したさやかでした。

そんな中、美術部が背景を描いて持ってきてくれました。彼らの描く背景のクオリティはそうとうなもの!ただ、みどりは太陽の位置や車の有無が指定と違う、と指摘します。しかし美術部の中村は、美術的に見ればこちらのほうがいい、個性を認めないのかと譲りません。いろいろと指示が伝わっていなかった様子に、交渉ベタなみどりは汗ダラダラ。最終的には、美術部の久保がまとめてくれるという方向でなんとか決着。

人にやらせるのは大変、だったら自分が……と美術部から大量の背景修正を引き受けたみどり。しかしさやかからは「監督なんだから人にやらせるのが仕事!」と怒られます。他にも編集などやることは山盛りなのに。新米監督のみどり、人にやらせる難しさに直面してしまいます。

時間がないのに、休校とは……

第1話で出てきたあそこ、再登場!

時間がまったく足りない映像研。しかしそんなときに限って荒天のため午後から休校、生徒は退校するよう学校から指示が出ます。これは手痛い……

雨に打たれた3人は、第1話で出てきたコインランドリーへ。話の流れからすぐ横にある銭湯にも入ることに。

通常なら盛り上がる入浴シーン!のはずが、彼女たちにかかると真剣な考察の場に?
© 2020 大童澄瞳・小学館/「映像研」製作委員会

ツバメにとって初めての銭湯は珍しいことだらけ!温泉施設では一般的な、リストバンド型の鍵も彼女にとっては好奇心の対象。ちなみにこのシーンで、友達と一緒?と聞かれたさやかは「いいえ」と即答していますが、さやかが2人をどう捉えているのか大変気になるところです(笑)そしてこの風呂のシーンでも、水の動きを観察するツバメの姿が。やっぱり動くものが気になるんですね。

併設の食堂で、ザリガニを釣って食べる3人
忙しい中にあってホッとする半日になったようです。

アニメではなくアニメーションを!ツバメの職人魂

文化祭準備もいよいよ迫る中、ツバメはロボのチェーンソの動きや歩く動きの迫力が気に入らないけど、うまく修正できないと悩んでいます。そんな彼女に対しみどりは、画面の動きやSEでフォローしてみようと提案します。

そこにさやかも参加するよう誘ったみどり。最初は見ても分かるわけない、と拒絶したさやかですが、みどりの「見る目を養うのもプロデューサーの仕事じゃないのけ?」という言葉に納得。さやかを論破できたとみどりは目を白黒させます(笑)さやかは仕事って言葉に弱いのかもしれませんね。

「仕事」だから完成品を見るさやか。彼女の仕事に対する責任感は高校生離れしています。
© 2020 大童澄瞳・小学館/「映像研」製作委員会

ツバメが悩んでいたシーンは、素人のさやかの目には十分に迫力ある映像になっています。音をうまく追加することで、作画の労力を減らせることにも改めて実感しました。

ただそれだと、動きにこだわるツバメは満足できません
さやかはそんなツバメのこだわりに「細かすぎて伝わらないのでは?」と言います。しかしツバメは「分かる人には分かるもの」と譲りません。ロケットの発射を例に、作画の重要性とかっこよさを力説するツバメ。

美しいロケット発射風景!1シーンごとに解説すると納得感が湧きます!
© 2020 大童澄瞳・小学館/「映像研」製作委員会

「水崎氏は、アニメが作りたいんじゃなくてアニメーションが作りたいんですね」と改めて口にするさやかに対し、ツバメは言い切ります。大半の人が細部を見なくても、私は私を救うためにアニメーションを描く、動きにこだわり、そこに感動する人に向けて、自分がここにいると伝えたい、と。

第7話はここで終わりました。

アニメづくりは難しい、だからこそ面白い!

ツバメの姿は、悩めるアニメーターへのエール?

改めて、ツバメの強い職人魂が示された第7話でした。

彼女のアニメーションへのこだわりは、物や人の動きへの探究心から始まっていたんですね。確かに「立ち上がる」という、我々が日常で何度も繰り返している動作ですら、意識しないとどういう動きかは分からないもの。改めて見ていて「へぇー」と思うことがあった回になりました。

しかしそうしたこだわりを貫こうとすると、どうしても時間がかかってしまう。その結果スケジュールが……という話はこれまでも何度も出てきました。

実際の世界でも、こだわっていては現実的なテレビ放映では間に合わないと葛藤した上で、時短を実現するテクニックを日本アニメ界が追求してきたことは、第3話の感想記事でもまとめたとおりです。

アニメーターの仕事は長時間で厳しいと聞きます。でもその中にこそやりがいがある!ツバメの姿は、悩めるアニメーターへのエールなのかもしれません。
© 2020 大童澄瞳・小学館/「映像研」製作委員会

ツバメの言う、多くの人は見てもわからないかもしれないけどそこに注目したい人に向けてしっかりとしたものを描いていきたい……という思いは、多くのアニメーターに共通するものなのでしょう

しかし一方、現実的な制約が多く妥協を余儀なくされるのも事実。「私は私を救う」という彼女のセリフは、理想と現実の狭間で悩むアニメーターへ向けたエールなのかもしれません。

この作品は、見る人に向けて「アニメとはこういうもの」と知らしめる役割と同時に、作る側に「アニメってこういうもんだろ!」と改めて思い起こさせる作りになっていますね。

そうした制作者サイドの話を、わかりやすく盛り込んでいる点がすごくいいと思います!

多くの人を引っ張るには、地道にやるしかない

一方、監督のみどりは美術部との打ち合わせやロボ研のアフレコに頭を抱える日々。特に美術部の中村は、絵に対するこだわりが非常に強く、みどりの指示に反発しています

「いいアニメを作る」という目標は一致しているはず。しかしそこに至るまでのアプローチは、それぞれが違う。人間、誰だって自分がやりたいと思うことをやりたいもの。けど全体を見ればそれはおかしくて……みたいな葛藤は、大人数での作業には必ずついてまわる話です。

どうすればこうした問題を回避できるのか?これは完全に組織論やリーダー論になってきますのであまり細かくは書きませんが、結論から言えば「時間をかけてコミュニケーションした上で、お互いの妥協ポイントを探す」しかないのかなと思います。言葉にすると当たり前過ぎてつまらないものですが……現実の仕事というのは結局、飛び道具などなく地道なものの繰り返しですからね。

みどりは引き続き、そうした現実の中でもがいていくことになりそうです。

大人数の作業は、結局は地道に調整していくしかないもの。こういうとき、久保のような両者を取り持つ人がいるか、いないかで大きく違ってきます。この作品、いろいろな意味でリアルですね!
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なお地道でない解決方法もあります。それは「カリスマ的リーダーのもと、その人の意見を絶対として通していく」ことです。トップダウンが通用する組織は動きが早い!

しかしそれはカリスマ的リーダーがいて初めてできる話。そしてカリスマ的リーダーは一朝一夕ではできないものです。規約や権限(裏返せば制裁)を元に人工的にトップダウンのリーダーを作ろうとする組織もありますが、人間それに簡単に従えるほど単純な思考回路はありません。行き過ぎればメンバーが白けるか、面従腹背で従うか、どちらにせよ士気が高いとは言えない組織ができるもの。そこからアウトプットされた作品がどうなるかは説明の必要もないでしょう。

文化祭まで日がない中、細かな調整はさらに増えていくものと思われます
そこにみどりが、さやかがどう対応していくのか?そこに注目していきたいと思います。

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